哲学堂公園

哲学堂公園

区指定文化財建物群 東洋大学創始者井上円了デザインの公園

哲学堂公園は、明治37年に哲学者で東洋大学の創立者、故・井上円了博士によって精神修養の場として創設された、哲学世界を視覚的に表現し、哲学や社会教育の場として整備された全国に例を見ない個性的な公園です。
昭和50年に中野区立公園となってからも、古建築物の修復、整備を重ね、また中野区内でも有数の花の名所として親しまれる公園となっています。広大な敷地内には野球場・庭球場・弓道場もあります。

歴史

昔、哲学堂公園の地は、源頼朝の重臣である和田義盛の城址でありました。

名前の由来

哲学者であり、東洋大学の創設者でもある故・井上円了博士が、明治37年小石川原町(文京区白山)に開設された哲学館大学(現・東洋大学)を記念して「四聖堂」を建設しました。
「四聖堂」は、孔子・釈迦・カント・ソクラテスを祀り、「哲学堂」とも称しました。これが哲学堂の名前の起こりです。

公園の沿革

明治32年
明治37年
明治39年
明治42~45年
大正2~4年
昭和19年
昭和21年
昭和22年
昭和50年
昭和50年
昭和59年
昭和60~63年
昭和63年
昭和63~平成4年
平成21年
井上圓了博士 土地購入
「四聖堂」建設
「精神修養公園」とする
哲理門、六賢臺、三學亭、常識門、髑髏庵、無盡藏建設
宇宙館、絶對城、鬼神窟建設
東京都に寄付
都立公園として開園
都は運動施設部分を追加開園
都は東洋大学から残地を買収
都から中野区に移管「中野区立哲学堂公園」となる
古建築物6棟(哲理門、四聖堂、六賢臺、三學亭、宇宙館、絶對城)を中野区有形文化財に指定
文化財6棟の修復工事を実施
前記6棟以外の古建築物6棟と公園自体(時空岡、唯心庭、唯物園の区域)を中野区有形文化財に指定
哲学堂公園ルネッサンス構想を策定し、公園全体を再整備し、消失していたものを復元
東京都名勝公園に指定されました

有形文化財

哲学堂公園は、中野区有形文化財に指定されています。

古建築物12棟
昭和59年
昭和63年

古建築物6棟(哲理門・四聖堂・宇宙館・絶対城・六賢台・三学亭)
古建築物6棟(常識門・髑髏庵・鬼神窟・無尽蔵・演繹観・四阿)と園内(運動施設除く)